坂と中州

[091218]東京箱庭鉄道

ある日、突然、大金持ちが東京のどこかに鉄道を作りたいと言ってきたら、どうしたらよいか。
「東京箱庭鉄道」(原宏一著)はそんなふうに始まる。
経済効果などを気にせずに、ごとごとと走る楽しさが感じられる鉄道が欲しい。
いくつかの提案の末に、主人公は東京の「坂」に着目した鉄道敷設プランを思いつく。
山の手から東京湾にかけて、ひだのように丘と谷が連なる東京の地形をなぞるように走り抜ける鉄道。


東京の鉄道は、地下鉄であっても実は地形の起伏の影響を受けている。
丸の内線が茗荷谷あたりで地上に現れるのも、銀座線が渋谷駅の3階に到着するのも、
地形の変化にレールがついていけずに生じた現象だ。
そんな劇的な現れ方もいいけれど、トンネルや高架みたいな仕掛けを使わずに、
地形に反応して慎重に選ばれた経路の上で、見上げる坂道や坂の上からの眺めなんかを楽しめそうだ。



[091218] 美しき町

佐藤春夫の「美しき町」も同じような着想の物語だ。
こちらは鉄道ではなく、100軒の家が建ち並ぶ町。
敷地として選ばれるのは日本橋の「中州」で、明治の頃は隅田川に浮かぶ三角形のかたちをした島だった。
真砂座という芝居小屋があったりして、一時は栄えた場所だったらしいのだが、
関東大震災を境に寂れていき、いまはがらんとした倉庫街になっている。
それでも、隅田川が西にカーブを切る手前にあり、観月の名所と言われたなんて話を聞くと、ちょっと気になってくる。


ここは、友人の建築家がとある大学で「美しい町」を下敷きに、学生ひとりひとりに敷地を選ばせて、
住宅を設計するという課題を出したというのを聞いていて、そういうのはいいなと思っていたところでもある。
課題の成果は、まったく美しい町とはならず、見事にばらばらな町になるらしいけれど。

 

  神宮前にルイス・バラガン邸をたずねる


[091216] ルイス・バラガン展



ワタリウム美術館で、”ルイス・バラガン邸をたずねる”という展覧会をやっている。
メキシコの建築家、ルイス・バラガンの自邸のインテリアを部分的に再現したものだ。

バラガンの建築の魅力は、光と色を巧みに操りながら、静寂な空間をもたらすところにある。

今回の展示では、特にバラガンの住宅建築の重要な構成要素である、
肉厚のどっしりとしたテーブルや、光を妖しく反射するゲーリッツの金色の絵など、
家具や調度品、美術作品の実物が見られるのがうれしい。

マリオ・ボッタの設計による三角形プランの展示室で、
バラガンのインテリアが十分に堪能できるのかどうかは分からない。
それでも、平面図に斜線があまり登場しないバラガンに対して、
三角形のコーナーを利用して書斎のスケール感を感じさせるなど、会場構成には苦心の跡がうかがえる。

展示としては最もシンプルな4階の寝室がすばらしかった。
特に、外が暗くなり始めた夕暮れ時に訪れると、はっとするような闇の魅力に向き合えるはず。

 

  箱根、研修所、エスキス


箱根に行った目的は、千葉工業大学の学生たちの卒業設計と修士設計の中間エスキス。
それを、彼らの先生が設計して竣工したばかりの某社研修所でやることになり、お招きいただいたのだ。



研修所の建築は、2つの中庭を囲むプラン構成で、周囲の山並みに反応したような複雑な勾配屋根を載せている。
単純な回遊状ではない平面も複雑だし、吹き抜けを多用した断面もかなり複雑。


1泊させていただいたので、かなり建物の周りや館内を歩き回ったのだが、
全体の構成やかたちをはっきりと説明できるロジックは、簡単には見せない。
むしろ、あちらこちらに人が滞留できる場所があって、近くに見えるけれど、歩いて行くと意外に遠いという、そんな楽しさがある。

企業の建物なので、そうそう行けるものではないけれど、貴重な体験でした。
ありがとうございました。


 

  究極の建築

箱根で、巨匠が晩年に設計した2つの建築を続けて見ることができた。
建築家が思考と実践を重ねた末にたどり着いた究極の境地を垣間見る。




吉田五十八の設計による旧岸信介邸。75才のときの作品。
もともと和風、洋風を昇華した住宅建築を得意の作風としていたが、その到達点といえるような邸宅である。
御殿場の広大な敷地に小川の流れる庭園をつくり、その脇にゆったりと建っている。
インテリアには野太い柱・梁が見られるが、大壁なこともあって民家的ではなく、
応接間としての玄関ホールの広さや、2間幅くらいある漆塗りの床の間のスケールは威風堂々とした雰囲気。



吉田は、無駄な線をなくして、すっきりとした意匠を意図したと語っているが、
その現れのひとつが和室の天井照明に見られる。
天井板がすぱっと切れて、乳白のアクリル板がはめられているだけ。
半間角以上の大きなアクリルの周囲には見切りもなにもない。
普通なら、この淡白さに耐えられなくて、木格子を設えたり、和紙にして表情をつけたりしてしまいそうだ。




芦ノ湖畔に建つザ・プリンス箱根。村野藤吾、87才のときの作品。
吉田五十八の洗練と対照的に、流麗な美しさを誇る。
中庭を囲んで客室をぐるりと並べた円形のプランもケレン身たっぷりだが、
彫り深く優美な立面は、一見、西洋の古城のような、それでいて実はどこにもない独特な美しさを醸し出している。



円形の中庭に面した廊下の窓。
ルイス・カーンの有名なT型窓は全体照度を確保する上部と手元を照らす下部に分けているそうだが、ここは廊下。
作業をするわけではない。正面に面した立面でもない。
ただ、歩くということのためだけに、これだけ繊細な光の取り入れ方が考えられている。




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旧岸信介邸は一般公開されている。
敷地内には、羊羹で有名なとらや工房もあって、こちらは内藤廣さんの設計。
切妻屋根を支えるシザーストラスが印象的。



箱根でもうひとつ、竹山聖さん設計の強羅花壇も訪れた。
長いアプローチの果てに階段を降りるという構成がザ・プリンス箱根と共通しており、比較すると楽しい。


 

  ナイキパーク



しばらく前に、渋谷の宮下公園がナイキパークとして改装されるというニュースを聞いた。
少し調べてみると、単なるネーミングライツに留まらず、新たにスケボー場が整備されるなど、ナイキ流の公園のプロデュースと言っていい内容だ。


先週の快晴の日曜日、久しぶりに宮下公園を訪れてみたら、明治通りの人波に対して、人工地盤上の宮下公園は閑散としていた。
改装工事のためのフェンスによる封鎖はされておらず、ブルーシートのテントは今も立ち並んでいる。


反対運動もあるこのナイキパーク計画。
双方の意見のすれ違いは、特にこの宮下公園においては、公園という空間に対するイメージの違いに原因があるように思う。
王や官による欧米のパークの伝統(日本以上に管理は厳しく、有料ベンチなど利用者のコスト負担意識が高い)を後ろ盾にしたナイキパーク歓迎派と、
渋谷川埋立地で、かつ駐車場の人工地盤上という、都市(江戸から続く)における余白のような、そこから醸し出されるアジールのような空間であることを主張する反対派と。


いま裏原宿に備わっている、清潔なストリート感覚と雑然としたアジール感覚が、同時に宮下公園に流れこもうとしている。
その流れを制御しようとするか、それとも混じり合わせるのか。
空間を有効活用せよ、あるいはホームレスを追い出すな、スローガンの向こうに単純な公園像は見えない。


ヒントは意外に近くにあった。
目と鼻の先の美竹公園。
マイケル・ジョーダンが寄贈したというバスケットコートで興じる若者と、
遊具で遊ぶ親子連れと、その脇にたたずむブルーシートテント。
3者の距離は他では見られないほど、異様に近い。


微妙に混じり合わないグループがともにいる。
あの場所で、いま考えられる最もリアルな公園のイメージはそこにあるのだろう。
逆に言えば、そこから出発して、可能ならば歩み寄ること、不可能ならば共存する手立てを考えること。
新しい公園の設計図を引く者は、その責務を負っているように思う。

 

  個室都市



F/Tの「個室都市・東京」を体験。
体験としか言いようがないような体験。
高山明さんの前回の作品「サンシャイン63」は都市の記憶をテーマに、
作品の切り口は移動することだったように思うけれど、
今回は都市の生活者をテーマに、コミュニケーションの仕掛けを切り口としている。


インターネットカフェをモデルとしたような、
個室=けっして閉じているわけではない、かりそめの空間が設営されて、
そこで次々と映し出されるインタビュー映像を見る。
インタビュアーは、誰に対してもテンポよく同じ質問を投げかけていく。


それらを見ているうちに、観客の関心は自分ならどう答えるだろう...というように内向きになっていくとともに、
ゆるい時間を過ごせる(1時間単位で部屋を借りるが、映像は短いので急かされることはない)ようになり、
なにより個室の気安さもあって、意外にくつろいだ気分になっていく。
かりそめでも自分の世界。
コミュニケーションを拒んでいるわけでもないが、絶えず周囲に気を配るような緊張感もない世界。


しかし、そんな安穏も突然破られる。
オプショナルツアーを体験するならば、そんな世界にエマージェンシーコールが鳴り響く。
物理的にも、精神的にも、むき出しの世界へ投げ出されるのだ。


「個室都市・東京」に関心をもたれた方は、ぜひオプショナルツアーまで体験することをおすすめしたい。

 


 

  ジブリ的風景

今日、宮崎駿監督に関係するニュースが2つあった。
ポニョの着想を得たという鞆の浦の埋め立て&架橋にストップをかける判決と、
杉並区の「トトロの住む家」跡地の公園デザインを提供したというニュース。


どちらも監督が直接関わる場所だから、ニュースが重なったのは偶然なのだが、
今後、ジブリ映画に描かれたような風景イメージを基にした実際の景観づくりが増えてくるかもしれない。
もののけ姫の原日本から、トトロの里山あるいは昭和、といったイメージは、
監督の手を離れても、合意形成の強力な拠りどころとなる可能性はある。


美しさや分かりやすさは大きなメリットだが、
例えば臭気や汚れといったリアルなものは脱色されていることを忘れないようにしなければならないだろう。
監督は、杉並区の公園の中央にトイレを配置したそうだから、自覚的なのかもしれない。