究極の建築

箱根で、巨匠が晩年に設計した2つの建築を続けて見ることができた。
建築家が思考と実践を重ねた末にたどり着いた究極の境地を垣間見る。




吉田五十八の設計による旧岸信介邸。75才のときの作品。
もともと和風、洋風を昇華した住宅建築を得意の作風としていたが、その到達点といえるような邸宅である。
御殿場の広大な敷地に小川の流れる庭園をつくり、その脇にゆったりと建っている。
インテリアには野太い柱・梁が見られるが、大壁なこともあって民家的ではなく、
応接間としての玄関ホールの広さや、2間幅くらいある漆塗りの床の間のスケールは威風堂々とした雰囲気。



吉田は、無駄な線をなくして、すっきりとした意匠を意図したと語っているが、
その現れのひとつが和室の天井照明に見られる。
天井板がすぱっと切れて、乳白のアクリル板がはめられているだけ。
半間角以上の大きなアクリルの周囲には見切りもなにもない。
普通なら、この淡白さに耐えられなくて、木格子を設えたり、和紙にして表情をつけたりしてしまいそうだ。




芦ノ湖畔に建つザ・プリンス箱根。村野藤吾、87才のときの作品。
吉田五十八の洗練と対照的に、流麗な美しさを誇る。
中庭を囲んで客室をぐるりと並べた円形のプランもケレン身たっぷりだが、
彫り深く優美な立面は、一見、西洋の古城のような、それでいて実はどこにもない独特な美しさを醸し出している。



円形の中庭に面した廊下の窓。
ルイス・カーンの有名なT型窓は全体照度を確保する上部と手元を照らす下部に分けているそうだが、ここは廊下。
作業をするわけではない。正面に面した立面でもない。
ただ、歩くということのためだけに、これだけ繊細な光の取り入れ方が考えられている。




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旧岸信介邸は一般公開されている。
敷地内には、羊羹で有名なとらや工房もあって、こちらは内藤廣さんの設計。
切妻屋根を支えるシザーストラスが印象的。



箱根でもうひとつ、竹山聖さん設計の強羅花壇も訪れた。
長いアプローチの果てに階段を降りるという構成がザ・プリンス箱根と共通しており、比較すると楽しい。